菅原道真公は失意の中で大宰府で生涯を閉じましたが、その後京の都は疫病などの災厄が流行、道真公のたたりであると人々は恐れました。
942年(天慶5)、右近七条坊に住む多治比文子という娘に道真公の神霊より、「わが魂を右近馬場に祭れ」とのお告げがありました。文子にはとても右近馬場にお社を建てる力がなかったので、とりあえず自宅に小さな祠を建て、道真公の御霊をお祀りしました。これが文子天満宮であり、北野天満宮の発祥といわれています。
文子天満宮には、道真公が祀られ、入試・学徳成就のご利益があるといわれています。